ホーム二国間関係歴史

二国間関係


歴史


 日独間の交流は江戸時代に遡る。ドイツ人医師のケンペル(1690年から3年滞在)やシーボルト(1823-28年、59-62年滞在)がオランダ商館関係者として長崎に滞在し、日本に西洋の知識を広める一助をなした他、帰国後には日本に関する紹介活動を行った。江戸幕府による鎖国政策が放棄された1861年には、プロイセンとの間で友好通商航海条約が締結された。明治時代に入ると、我が国はドイツから法律や科学、芸術等の諸分野で知識を導入した。伊藤博文が大日本帝国憲法の起草にあたりプロイセン憲法を参考にしたことは有名である。

 1914年に始まった第一次世界大戦において、日本は日英同盟を理由にドイツに宣戦し、中国の山東半島に出兵して青島などドイツの租借地を占領した。

 1930年代に入り日独関係は政治的に急速に接近したが、これはナチス・ドイツとの関係強化という不幸な側面を持つものであった。1936年には日独防共協定が締結され、第二次世界大戦(1939ー45)が始まった後の1940年には日独伊三国軍事同盟へと発展した。

 戦後は両国とも一時期連合軍の支配下におかれたが、1951年には日本とドイツ連邦共和国(西独)との間で外交関係再開が合意された。日本と西独は、戦後はともに奇跡的な経済復興を遂げて世界の中でも重要な地位を占めるに至り、日独関係もそれとともにますます緊密になっていった。なお、日本とドイツ民主共和国(東独)との間にも、体制の違いからくる制約はあったものの、1973年に外交関係開設が合意され、一定の交流が存在していた。1990年のドイツ統一により、日本と東独の関係は、西独を中心とする全ドイツとの関係に統合された。



サイトマップ | 連絡先 | このサイトについて
(c) Botschaft von Japan in Deutschland, Hiroshimastr. 6, 10785 Berlin, Tel: 030/21094-0, Fax: 030/21094-222