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イルメナウ工科大学国際学生週間(ISWI)講演
「東日本大震災と文明の未来―人間の安全保障を求めて」
(2011年5月18日、於イルメナウ)
序
本日はイルメナウ工科大学の国際学生週間(ISWI:International Student Week in Ilmenau)の講演にお招きいただきまして,ありがとうございます。元々この講演のお話を頂いたときには,自由や平和の問題を巡る日本の外交姿勢についてお話ししようと考えておりました。ところが,3月11日に日本の東北地方で起こった地震と津波,そしてそれに続く福島の原発事故は,近代国際社会がかつて経験したことのない規模での三重の複合災害であり,まさに世界を震撼させる自然の脅威でした。日本は,今まさに戦後最大の国家的危機に直面しています。日本がこれからの困難な時期を乗り越え,復活を果たすためにも,この震災が日本と世界にとって一体どのような意味を持つものかについて考えてみたいと思います。
1.東日本大震災・原発事故が文明に与える影響
近代史上稀に見る今回の大震災と原発事故は,我々人類に様々な挑戦を与え,また教訓となって伸し掛かってきています。世界史においても大災害や疫病が人類社会と文明のあり方を変えたことがあることが記憶されています。大阪大学名誉教授の川北稔(かわきた・みのる)氏によれば,17世紀のヨーロッパで起きた気温の大きな低下により,ロンドンのテムズ川まで凍り,大凶作と深刻な経済危機が起こり,これが社会不安を起こし,イギリスで革命が起き,フランスで反乱が起きたと言われています。また,18世紀半ばのポルトガルの首都リスボンを襲った大地震と津波は,人口の3分の1を失わせ,これが海洋大国ポルトガルの没落を早 めたと言われています(2011年4月7日朝日新聞「歴史のいま」より)。
今回の東日本大震災と原発事故が 原子力に代表される近代産業文明にどのような影響を与えるのかはまだよく分かりませんが,既に2つのことが日本とドイツを中心に起こりつつあると思います。第1は,近代科学技術の象徴とも言うべき巨大システムである原発が津波という自然の力に勝つことはできなかったこと,すなわち,科学技術に対する信頼の揺らぎです。日本では今「想定外」というキーワードが問題視されています。 科学技術における「想定外」は許されるのか,安全基準の判断が,日本のような最先端の科学技術先進国においても甘かったのではないか,率直に誤りを認めるべきではないかということ です。そして,原子力は,人間が安全に管理することができる範囲を超えているのではないかという疑問が出てくるのですが,これが,ドイツにおいては,脱原発の動きを大きく促進させる政治的・社会的な現象になって表れています。つまり,この第1の問題は,川北稔名誉教授も指摘するとおり,これまで経済成長を裏打ちし,自然の驚異から我々の生命・財産を守ってきた科学技術の信頼性が揺らぎ,人間が作り出したものによって人間が厄災を受けてしまうというパラドックス状況に陥り,科学技術によって支えられた近代社会や 「成長信仰」も大きな影響を受けるのではないかという問題です。
第2の問題は,人類の文明社会を支えている電気・電力のあり方です。そもそも近代産業社会とは18世紀の産業革命以降,絶え間のなく発展してきた 機械と電気の文明なのですが,今回の福島第1原発の事故による東京をはじめとする日本の東半分の各地での深刻な電力不足と停電等は,我々 の電力文明の未来についても大きな疑問符を投げかけていると言えます。津波に襲われた地域には当初電気もガスも破断され,電気製品やガス製品は一切使えないという状態に陥りました。照明も冷蔵庫も電気コンロも何も使えない,唯一使えるのは灯油やガソリン,ディーゼル等の化石燃料を燃やして使うランプや車だけでした。また,東京も,ピーク時には1000万kwの電力が不足すると見積もられたため,一部で計画停電も 行われましたが,これは大幅な節電努力によって何とかしのいできました。この夏には冷房を必要とするため1000万kwとも1500万kwとも言われている電力不足が見込まれていますが,このような状況が何ヶ月も何年も続くとすれば,電気を使う,電気に頼る文明とは如何に脆弱なものであるのか,このような文明にこれからも依存していても良いのかという深刻な疑問が沸いてきます。この電力不足は何も東京だけではなく,原発からの脱却を進めようとしているドイツにも生じ得るものですが,「節電」という人間の生活行動を今まで 以上に促すと共に,原子力以外の他の電力源や動力源,再生可能エネルギーの開発を一段と促すことになるでしょう。そしてそれは「ポスト産業社会」ないし「ポスト電力 社会」とも呼ばれ得る新しい電力・動力源をベースとする文明社会の到来を促すことになるかもしれません。日本は福島第1原発の4つの炉が 使えず,事実上既に281.2万キロワット原発から脱却していると共に,大地震の発生が予想される東海地域にある浜岡原発についても,菅直人総理は中部電力に対して,同原発の15メートルの防波堤ができるまでの間の全ての原子炉の停止を要請しており,電力不足は日本ではきわめて深刻な現実の問題となっています。
以上の通り,東日本大震災と原発事故の与える影響は,これまでの通常の自然災害の枠を越えた,科学技術と 経済成長のあり方に対する文明史的な修正をもたらし得る一大事態であると捉えなければならないと思います。そしてこのことは,「文明とは何か」「豊かさとは何か」ということを人類に問いかけている のであり,これまでの災害の復旧や復興という次元で答えを出すべきものではないように思われます。
地震 と津波と原発事故に直接見舞われた日本と,そのような事故や災害は発生していないが「不安」と「想像力」から原発からの脱却を試みようとしているドイツという 2つの経済大国において,たまたま同じような「文明との闘い」,「成長信仰との闘い」,「科学技術の信頼性との闘い」が同時進行していることは誠に興味深く,先進国,新興国,途上国を問わず人類全体で考え,答えを出していかなければならない問題だと考え ます。
我々日本人としては,まずは当面電気とエネルギーの節約を徹底しなければならないし,科学技術の変革(イノヴェーション)を通じて電気文明への挑戦に立ち向かわなければなりません。これに失敗すれば,かつての多くの文明の担い手がそうであったように,日本も衰退は免れないでしょう。
その際,考慮すべきは,有限の資源を人類はその生存のためにどう使うかという哲学 の問題であり,永遠に経済成長を求めるのか,社会の豊かさを成長だけではなく,幸福や安全性等の別の指標にも求めるのかと言った問題でもありましょう。
最も重要なことは,「節約」の思想の浸透と科学技術への過信の是正であり,結局人の命,人の尊厳以上に重要なものはないという「人間の安全保障」(Human Security)の考え方の確立であると思います。この「人間の安全保障」の考え方は,日本が1997年のアジア経済危機のように 急激に発生する経済や社会の危機が人間の生命と尊厳に深刻な影響を与えてきた,いわばグローバル化の影の部分を救うために提唱し,推進してきた考え方です。これについては後ほど説明することにし, 以下 に簡単に東日本大震災と原発事故の現状について説明したいと思います。
2.東日本大震災
3月11日の日本時間15時前,マグニチュード9.0の大地震が起こりました。日本はこれまで,地震や津波,台風といった自然災害を多く経験してきました。私も1995年1月,関西地方にいたときに阪神大震災 を経験しました。このときは6000人を超える方が亡くなっています。しかし今回 の地震,そしてそれに続く津波は,これを遙かに超える未曾有の規模であり,特に津波によって太平洋に面した都市が壊滅的打撃を受けました。これまで判明しているだけで,14,941名が死亡,9,882名が行方不明となっています(5月10日現在)。家屋を失って避難所等での生活を余儀なくされている人は,最も多いときで約44万人,2ヶ月を過ぎた 今日 でも169,441人(同上) に上っています。またこの未曾有の地震と津波により発生した全面的な電源の喪失が,運転停止後の福島第一原発の冷却機能を損ない,その後危機を惹起したことは既に述べた 通りです。
このような災害を受けて,日本は政府,国民上げて一生懸命努力しています。また,多くの国の政府,国民の方々から,暖かい言葉や支援を頂きました。ベルリンにある私の公邸には,ヴルフ大統領やメルケル首相が記帳にお越しになりました。またドイツは,救助隊の派遣も行いました。福島原発では冷却装置が稼働しなくなりましたが,60メートル以上の高さを誇る独プッツマイスター社のポンプ車が活躍しました。現場が混乱していること,また,ニーズと必ずしもマッチしなかったため,実際に支援したいと思いながら日本に行けなかった団体,個人も多くいらっしゃると伺っておりますが,このような方々も含め,我々は支援に大変感謝しています。
私は外国にいて今回の災害を観察したわけですが,いくつか気づいたことがあります。1つは,今回の災害は,日本という国,日本人の国民性を世界が再発見する機会になったのではないかということです。震災直後のドイツでの報道ぶりを見ると,日本はこれまで,パキスタン洪水や四川地震,最近ではハイチやニュージーランド等多くの国の自然災害に際して先んじて支援を行ってきた国であり,自らの災害に対して他国から支援を受ける十分な資格があるというものが多くありました。また,これだけの災害を受けて,いかに日本人が,秩序と共助の精神(discipline and spirit of mutual cooperation)に基づいて,冷静に対応しているのかに驚いているとの記事も多く見られました。これだけの大規模災害を経験して,そこから抜け出すことができる国民がいるとすれば,それは日本人であるというような勇気づけられる声も多く聞かれました。 他方,震災から日が経つにつれ,若干残念な現象も出てきました。例えば,東京に滞在する一部の国の大使館が,大使館を閉鎖したり関西方面に移転したりした他,多くの国が日本,特に原発事故の起こった福島近辺にいる自国民に対し,渡航制限や退避を勧告し始めました。これに応じて,外国の報道機関から日本にやってきた多くの記者は,東京を離れて大阪に移ったり,あるいは隣国の韓国や中国に退避したりしました。現場にいない者の多くは直接の情報がないため,一部には非常に偏向的な報道が見られます。それが各国における歪んだ世論形成につながっているところがあります。日本政府としては,原発事故等について完全な透明性を以て事実を伝えるとの原則を堅く守っています。チェルノブイリを経験した欧州が,原発事故に過敏になることは理解できますが,特に事故の当初において,全面的な電源の喪失により,明かりも通信手段も現場で途絶えてしまうという絶望的な状況から,東電・関連企業・原子力専門家が自衛隊,在日米軍,警察,消防等の献身的なサポートを得つつ,何とか一定の安定が得られるまでの状況に戻すところまで来ているということにつき御理解を得たいと思います。
せっかくの機会ですので,将来独や各国を担う若い学生の 皆様に この場を借りていくつかの重要な事実を述べさせていただきたいと思います 。
①出された放射性物質の状況と放射線量:
問題を起こしている原子炉建屋の水素爆発(3月12日)により,放射性ヨウ素131やセシウム137等の放射性物質が空中に放出,拡散。降雨(3月21,22日)により大気から地表に降下。これをピークとして各地での放射線量は減少を続けています(福島県内,福島第一原発20km以遠の最も高い地点で5月12日現在39.2μSV,ちなみに東京ではほぼ正常値に戻っている。)。
原子力委員会は4月12日,本件事</故のレベルをチェルノブイリと同じ「7」に引き上げましたが,空中に放出された放射線物質の量を国際的な尺度(INES)に照らして再評価した結果であり,実際に放出された放射性物質の絶対量は,チェルノブイリの約1割程度にとどまります。この評価は,仏放射線防護原子力安全研究所やオーストリアの気象力学中央研究所の推定ともほぼ一致します。
②野菜や飲料水から検出されたヨウ素131等の放射性物質については, 東京圏の飲料水については数日後には検出されなくなり,野菜についてもその後基準値を下回ったので,出荷の問題は少なくなってきています。
③高濃度汚染水の問題
原子炉の冷却のため,当初海水,その後淡水を連続的に注入しているので,大量の汚染水がたまり,その一部が海に流出。これを一時的に保管することが急務。貯蔵スペースの確保のため,この過程で汚染度の低い水を放水する必要がありました。海洋生物に対する影響については,今後継続的にモニターする必要があります。
④短期的,及び中・長期的課題
当面の最大の課題は,安定的な循環冷却システムを早急に回復することで,現在の努力は右に集中しています。中・長期的には,原子炉設備の欠損等を修復して冷却システムが長期にわたって維持される状態を確保することです。以上を総括すると,状況はある程度までは改善しているが ,全面的に安心できる状況に至るまでにはまだ道は遠い,ということです。しかしながら,独のメディアでもしばしば登場した「終末」(apocalypse)ないし「Super GAU」というような状況には一度も至っていないし,また今でもそのような状況にならないよう懸命な努力が行われていることを御理解いただけると思います。私も多くのテレビに出演したり,独連邦議会の委員会に出席したりして,真実を伝える努力をしており,今後ともこれを続けます。
今の被害を完全に克服するのに,おそらく今後何年という期間が必要になると思います。日本は復興に向けて,鋭意努力していきます。また, 原発政策やエネルギー政策をどうするのかという議論も出てこようかと思いますが,当面は喫緊の課題を克服することが先決だと考えています。
同時に,日本は国際社会の主要国として,外交をおろそかにしておくことはできません。国際社会には多くの課題があります。日本の震災でこれらが若干陰に隠れてしまった感もありますが,日本はこれまで通り,国際社会の課題の解決に向けて貢献していきます。
3.今こそ「人間の安全保障」の実現を目指せ
既に紹介しました人間の安全保障という考え方が最初に使われたのは,UNDP(国連開発計画)の1994年の「人間 開発 報告書」(Human Development Report)においてでありました。人間の安全保障という考え方が出てきてから,既に17年経っています。その間,日本は1998年に当時の小渕恵三総理が日本 外交とODA政策の重要な柱としてこの考え方を採用して以来,一貫して「人間の安全保障」の考え方の普及と実践に務めてきました。また,国連において「人間の安全保障」基金を立ち上げ,様々なプロジェクトを支援してきました。
人間の安全保障,すなわちヒューマン・セキュリティーは ,「セキュリティー」という以上,脅威の存在を前提とします。脅威があるからセキュリティーたり得るのです。我々が生きている現代社会は,貧困や感染症,災害等個人レベルの脅威が急激に増えています。インド洋や日本の東北地方で津波が発生した際には,あまりに多くの個人が犠牲になりました。さらに,ボトムビリオン(1日1ドル以下で生活をしている人々)が世界に10億人もいるという問題もあります。これは外国だけの問題ではなくて,日本でもいま,格差という問題に注目が集まっています。そして食の安全,すなわちフード・セキュリティーの問題も大きな話題を集めています。これらが個人に与える影響もさることながら,外交や内政に与える影響も考慮しなければなりません。その上で,個人レベル,人間の一人一人のレベルでの安全の問題に答えなくてはならないというのが,人間の安全保障の根幹ではないかと思います。そういうトップダウンではなくボトムアップのセキュリティーとして安全と安心を提供していくということが,人間の安全保障の要請であると考えます。
日本が人間の安全保障を追求してきた背景としては,97年にアジアで起きた経済危機がありました。急激な発展を遂げてきたアジア諸国で一連の経済危機が起き,東南アジア諸国,韓国,中国等を巻き込み,大危機が一挙に発生したのです。このように97年の経済的な危機を経験し,突如発生する 危機が,人々の生活と安寧,そして人間の生にとってかけがえのない中枢部分にきわめて大きな影響を及ぼすという経験を下に,日本は,人間の安全保障の考えを打ち出していくことになりました。つまりグローバル化の影の部分を どのように手当てし,対処していくかという問題意識がそこにはあったのです。
しかし,日本の唱えている人間の安全保障は,貧困や飢餓のような「欠乏からの自由」(freedom from want)だけに限らず,迫害や人権侵害のような「恐怖からの自由」(freedom from fear)に対しても 対応しています。人間の安全保障 は包括的な,広い 安全保障の概念であるということができます。
日本型の人間の安全保障というのは,決して他国を強制はしないものです。人間の安全保障を提供するときに,まずは当該国の同意を求める,そして,その同意に基づいて,日本として,あるいは国際社会として提供できる,ソフトな(非軍事的な)支援の措置を適用しようという姿勢を取っています。問題はそのような人間の安全保障の中に「人道的介入」(humanitarian intervention)が含まれるのかどうかということです。人道的介入とは,大量虐殺等の非人道的な緊急事態に,場合によっては武力で阻止する,軍事的な強制力をもって介入するということです。つい先日行われ,現在も続いている英,仏を中心とするNATO諸国によるリビアへの飛行禁止区域(no-fly zone)の設定等の介入措置がそれに当たります。これはまた,別名「保護する責任」(Responsibility to Protect:R2P)とも言われ,国家が国民を人道的に保護できない又はしようとしない場合に,他国は他に手段がない場合は武力による介入を行うことができるという考えです。その点,日本は,軍事的・武力的介入を人間の安全保障の概念では捉えていません。日本型の人間の安全保障の概念の中には人道的介入の部分は入っていないと言うことです。2005年に国連の首脳会議が開かれた際に,人間の安全保障と保護する責任との関係についてある種の整理がついたと思います。つまり,首脳会議の結論文書において,人間の安全保障の段落と保護する責任の段落を2つに分けて,別の箇所に書くということで整理がつけられたのです。そこでは,人間の安全保障についての説明が次のように行われています。「我々は,人々が自由にかつ,尊厳をもって,貧困と絶望から解き放たれて生きる権利を強調する。我々は,全ての個人,特に脆弱な人々が全ての権利を享受し,人間としての潜在能力を十分に発展させるために平等な機会を持ち,恐怖からの自由と欠乏からの自由を得る権利を有していることを認識する。このため,我々は,総会において人間の安全保障の概念について討議し,定義付けを行うことにコミットする。」このような重要な文書の中で,人間の安全保障について言及がなされ,それについて今後議論や定義を行っていくことに関与すると明記された意義は非常に大きいと考えます。2005年の国連サミットの結論文書中に盛り込まれたのは,おそらく人間の安全保障の歴史において初めての成果ではなかったかと思っています。
ただ,問題は,この人間の安全保障の概念について,定義をすることが物事を前に進めることになるかどうかということです。192の国連加盟国が集まって定義を侃侃諤諤議論すれば,収拾が付かなくなることは目に見えています。したがって,日本としては,この定義の問題はひとまず置いておき,現実的な観点から,人間の安全保障がどのように国際社会において実践されているのか,これからどうすべきか等を議論した方が建設的ではないか,具体的なプロジェクトをどう形成し,人々の安心と安全をどのようにして高めていくのか,そのために国連システムがどのような役割を果たさなくてはならないのかに焦点を当てて議論した方が良いのではないかと考えています。
日本としては,人間の安全保障を国際的に主流化する必要があると共に,自ら外交政策やODAの中で実践していくべきであると考えています。実際,日本政府としては,ODA大綱の中で人間の安全保障を重要な柱として位置づけて今日まで行ってきました。
1997年には,日本政府が中心となり,国連において人間の安全保障基金を立ち上げました。日本は,1999年から毎年拠出して,これまでで総額402億円(約3億6000万ドル)にも上る資金援助を行っています。それに基づき,人間の安全保障基金では,現在206のプロジェクトが121の国で実施されております。
人間の安全保障の具体的な協力のターゲットとして,ミレニアム開発目標(MDGs),平和構築(Peace Building),移民問題,環境問題,気候変動,災害,ジェンダー,人身取引,組織犯罪,児童保護などの問題にまず取り組んでいこうという議論が行われています。このような具体的なところから始めていかないと意味のある行動に結びつかないからです。さらに,人間の安全保障に関するウェブサイト,あるいは人間の安全保障の指標をつくろうという動きも出てきています。加えて,人間の安全保障に対して慎重な国に対する働きかけも積極的に行っていこうという議論もなされています。
4.結語
これまで日本が主として途上国へのODAや外交において実践してきた人間の安全保障という考え方を今や日本自身を含む先進国にも適用しなければならないことが,今回の東日本大震災によって一層明確になってきました。自然災害や事故は先進国,途上国を問わず起こり,一旦起こってしまうと,科学技術も無防備なもので,人間の生活と尊厳が否応なしに傷つけられます。前にも触れましたが,家や家族を失い,生活も失ってしまった極限状況の中で,日本人の多くは極めて辛抱強く,かつ規律正しく行動しています。そのような極限 の状況にあっても人間の尊厳と明日の生活への希望を失わない態度は人間の安全保障を全うする上でもっとも必要なことです。そして,1995年の阪神大震災の時もそうでしたが,今回も「人を救うのは人」という単純な原理の再確認が 行われました 。日本国内からも,また,世界各国からも人道的な支援や救援 チーム の派遣,義援金の拠出が行われ,ボランティアも大活躍しています。自然災害は人間の安全保障に直結する問題であって,最も脆 弱な人が保護され,生存能力が強化されることが必要です。
日本には,「情けは人の為ならず」という言葉がありますが,長い日本のODAや人間の安全保障の実践を通じて,今回ほどそのことを実感したことはありません。紛争が収拾していないアフガニスタンのカンダハール市から,日本に復興でお世話になったとして5万ドルの支援がありました。また,クウェートからは湾岸危機の時に日本から多額の支援を得たとして,石油500万バレルの無償提供が行われました。まさに「情けは人の為ならず」ですが,日本は今後ともこの「情けは人の為ならず」の精神と「人を救うのは人」とう人間の安全保障の考え方で国際社会において名誉ある地位を占めたいと希望しています。
欠乏からの自由(freedom from want)と恐怖からの自由(freedom from fear)の双方からの自由を人間個人のレベルで達成し,個人がより大きな自由の中で(in larger freedom)人間としての能力と 権利を最大限発揮できる社会こそ,日本の目指す理想の社会です。そこでは経済成長(開発)と人権,そして平和の問題が有機的に関連し合い,個人の尊厳が完全に保障されている社会ですが,今こそ世界は人間の安全保障の考え方を実践し,そのような社会の到来を可能に すべきであると考えます。「今こそ人間の安全保障を」(”Human Security Now”),これが今回の東日本大震災と原発事故の残した教訓であると考えます。
ご静聴ありがとうございました。
(了)
