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ライプチッヒ大学(Hochschule für Technik, Wirtschaft und Kultur in Leipzig)に於ける神余大使講演
(2011年11月2日17時15分より、於ライプツィヒ)
本日は、このように講演の機会を頂きありがとうございます。
さて、皆様もご存じのとおり、約8ヶ月前の3月11日に東北地方で発生したマグニチュード9.0の巨大地震は、津波と原子力発電所事故を同時に発生させる近代国際社会がかつて経験したことがない規模での複合型の大災害となりました。この東日本大震災では15、000人以上の方がお亡くなりになり、現在でも4、000人を超える方が行方不明となっております。
この大震災の発生直後から、この公邸には、ヴルフ大統領、メルケル首相、各省大臣、カイテルBDI会長、レッシャーAPA会長、さらには各国の大使のほか多数の方にご訪問いただき、犠牲者に対する記帳、日本国民に対する同情のメッセージをいただきました。4月30日にはヴェスターヴェレ外相が日本への連帯を示すため、訪日されました。ドイツ全土に目を向ければ、各地でチャリティ・コンサート等が多数開催されるなど、あらゆる分野の様々な団体・個人による日本への支援活動が行われました。これに加えて、多くのドイツの市民・団体から被災者に対する義援金の提供もなされました。
そして、世界に目を向ければ、163の国・地域、43の機関から各種支援の表明をいただきました。このように、ドイツをはじめとする世界中からの暖かい支援に駐独日本国大使として、また、一人の日本国民として心から感謝申し上げたいと思います。
今年は日独交流150周年のお祝いの年であります。6月末に皇太子殿下にご訪独いただき、10月23日~28日にかけてはヴルフ大統領が訪日されました。ヴルフ大統領は東京や京都だけではなく、被災地の一つである福島県いわき市を訪れ、被災者を勇気づけていただきました。大震災という悲しい出来事はありましたが、これを契機に両国の絆が一層強まり、今日ほど両国の国民の絆が強まったと実感したことは、私の長いドイツ生活でも初めてのことでありました。
東京電力福島第一原子力発電所の事故は、着実に収束に向かっています。目下、想定した工程の予定を早め、年内を目途に原子炉の冷温停止状態を達成すべく、全力を挙げております。因みにこの冷温停止状態とは、原子炉内の温度を100度以下に保ちつつ、放射性物質の放出を抑制することを意味しますが、このうち原子炉内の冷却については9月28日にほぼ達成され、避難していた住民も自宅に帰れる状況が創り出されました。これと同時に、現在、『災害復旧』『災害復興』についても、全力を上げて取り組んでいるところであります。
具体的に申しますと、震災から約半年が経ちますが、被災地を中心とする民間の努力によって、景気は持ち直してきています。サプライチェーンも予想を上回る回復を見せています。地震や津波による直接被害を受けた生産拠点の9割以上が既に復旧しているほか、国内の多くの企業では震災前の生産水準を取り戻しています。この各種部品のサプライチェーンは日本が世界に誇る素材産業であり、日本のモノ作りの根幹を支えるものであります。この産業分野を回復させなければこれらの部品産業は日本での生産基盤を失い、国外に移転するしかありません。これは日本産業の空洞化を防ぐためにも極めて重要でありますが、このサプライチェーンが順調に回復していることは良い兆候です。次に復旧・復興に要する費用は今後10年間で総額23兆円(約2、300億ユーロ)必要と見積もられていますが、政府が7月末にまとめた「復興の基本方針」では、2015年度末までの5年間(2011年~2015年)を集中復興期間と位置づけて19兆円(1、900億ユーロ)程度が必要とされています。この総額23兆円(2、300億ユーロ)というのは、先般、ユーロ支援のためのEFSFの支援枠の拡大によりドイツが負担すべき信用枠(2、110億ユーロにも匹敵するものであり、いかに大きな額であるかが分かります。既に述べた19兆円を担保するために、財政面では既に、約4兆円規模の第1次補正予算と約2兆円規模の第2次補正予算が成立し、当面の『災害復旧』に要する経費が手当されました。加えて「復興基本法」が成立し、復興対策本部の設置、復興対策担当大臣の設置、復興構想会議の設置など、今後の災害復興を担う体制の整備が整いました。今後は、この「復興基本法」の基本理念に沿って、地域住民の意向を尊重して、国と地方公共団体が連携し、今後の日本のあるべき姿を目指した復興を行っていくことになります。加えて、今回の大震災の復興の中で、少子高齢化及び人口の減少への対応等の我が国が直面する課題や、エネルギーの利用の制約、環境への負荷等の人類共通の課題の解決に資するための先導的な施策に取り組むこととしております。
特にエネルギー政策については、福島第一原子力発電所の事故の反省を踏まえ、新たなエネルギー戦略を来年夏までに策定すべく、鋭意議論を行っております。54基ある原子力発電所のうち、現在稼働しているのはわずかに11基です。原子力発電所の再稼働には地元自治体の同意も求められ、いずれにせよ、原子力発電への依存度は当面かなり低下せざるを得ないものと思われます。そうした中で、エネルギー源として再生可能エネルギー源を利用することの重要性が増していることを受け、8月26日には再生可能エネルギー特別措置法も可決成立し、来春の施行に向けて詳細な制度設計が行われていきます。さらに、日本の経済成長を持続的なものにしていくために、低炭素社会の実現、グリーン経済への移行を推進いたします。このための鍵を握るのが、再生可能エネルギー、省エネルギー、化石燃料のグリーン化などの分野での技術革新、いわゆるグリーン・イノベーションです。日本の中長期的エネルギー構造のあり方について、来年の夏を目処に新しい戦略と計画を打ち出し、大胆なエネルギーシフトを目指す予定であります。原発については既に原発脱却を認めたドイツからすれば、日本は原発をどうするのかとの疑問が当然のことながら生じてくるでしょう。東日本大震災が起きるまで日本は、原子力を含むゼロ・エミッション電源(原発及び再生可能エネルギー)比率を2020年までに50%以上、2030年までに約70%まで高めるとの計画を有していましたが、今やこのような計画は実現困難であり、再生可能エネルギー等の割合を高める一方で、原発への依存度を徐々に下げていくとの方向に向かうことは疑いのないところです。ただ、原発依存からの脱却を行う状況にあるのかと言えばそれは否と言うべきでしょう。世界第三位の経済活動を支えるのに必要なエネルギー電力は安定供給していく必要があるからです。ドイツと異なり日本は島国であり、周りから電力供給を受けることができません(そのためのケーブルもありません)。また、ドイツのように豊富な石炭資源も持たないため、自前で電力を調達する必要があります。そのためには原子力発電はなお必要というのが偽らざる現実であり、再生可能エネルギーの比率を従来以上に高めていきつつも、電気・エネルギーの節約を行うと共に天然ガスや石炭などの化石燃料なども使用しつつ、エネルギーのベストミックスを目指していくことになるものと思われます。もちろん原発を使う以上、津波の経験を生かし、その安全性を今まで以上に確保しつつ、ストレステストも行いつつ、国民の理解を得つつ、進めていくことは当然であります。
日本がどのようにこの大震災から復旧し、そして復興していくのか、世界が注目していると私は感じております。日本にとって、今般の国難というべき状況に打ち勝つためにも、また、世界の期待に応えるためにも、夢のある復興を遂げる必要があると考えております。既に説明したように日本は震災の復興に真剣に取り組んでいます。日本は1997年のアジア経済危機を経て、日本経済のバブルがはじけて以来、失われた10年とか20年とか言われるように長期にわたりデフレ状態が続いています。ドイツはインフレを、日本はデフレをもっとも恐れる国柄ですが、それはこれらが原因の一つとなった戦争の記憶とも結びついているからです。このデフレと震災、そして慢性の財政赤字、少子高齢化に伴う経済活動の低下等の根本的問題の解決に迫られています。もはや待ったなしの状態であり、政治はこの挑戦に果敢に立ち向かう必要があります。イギリスの「エコノミスト」誌が言い出したように日本のみならず先進国は米国と欧州も「日本化」しつつあると言われています。これは先進国の経済成長余力が減退し、重要な政治決定を行う際のリーダーシップ能力が弱体化しつつあるのではないかとの問題意識をさしています。「日本化」と言われるのは心外で、不名誉なことですが、「市場」と「国家」との間の緊張関係が増大し、「市場」の力が国家の力を上回りつつあるのではないかという指摘は傾聴に値します。先日、日本経済新聞のコラム欄に「市場の時間」と「政府の時間」という内容の記事が掲載されていましたが、ユーロ問題をみても「市場の時間」と「政府の時間」(すなわち民主主義の下における決断のプロセス)がそれに追いついていないと言うことです。私はまさに今後の世界経済について考えた場合、日本のみならずG8の先進諸国の「政府の時間」の長さが致命的な問題をもたらしはしないかと憂慮しています。米国経済の動向、ユーロの動向、日本の停滞これらはすべて連動した形で起こっており、これが世界同時株安そしてリーマンショック以上の世界恐慌をもたらすかもしれないことに我々は注意する必要があります。そのような状態にならないようにするための日・独の役割はこれまで以上に重いものがあります。日本は震災からの復興を成し遂げ、財政再建を図ること、そして独は、ユーロ問題解決にこれまで以上に積極的に取り組むことを通じ、下支えをしなければならないと考えます。ユーロ危機については日本はアイルランドに対し、EFSF債を20%近く購入しているほか、今後も必要に応じて追加の支援も検討されるものと思われます。日本もドイツもサービスや金融産業ではなく、モノ作りやイノヴェーションを得意として輸出に支えられて経済発展してきました。今後かつてのような高い経済発展は見込まれませんが、エネルギー環境分野での産業革新等を通じ、世界第3位、第4位の経済大国として世界経済を支え続けていく責務を有していると思います。そのようなことを可能にするためにも日本とドイツはそれぞれの有する潜在的なポテンシャルを更に活用するための仕組みを構築していかなければなりません。WTOドーハラウンドに多くを期待できない現状では、二国間又は地域間の経済連携協定(EPA)を通じて経済と貿易、イノヴェーションを活性化していくことが最も現実的な方法だと考えます。その意味でも現在日EU・EPAの交渉開始のための作業が続けられているスコーピングエクササイズを終え、早期に交渉開始に合意すべきと考えます。日独交流150周年にあたる本年中にそのための合意が出来れば素晴らしい効果になると思います。
災害は国の発展の度合いとは関係なく訪れるということであり、日本はその意味で地震もあれば津波も台風も火山噴火もある災害大国です。今回の1000年に一度と言われる大津波と大震災そして原発事故は改めて自然に対する人間の非力さを思い知らされました。科学はこのような自然災害に対し万能ではなく、限界が露呈しました。このような状況を目のあたりに体験し、今我々日本人が感じているのは「人間の安全保障」の大切さということです。戦争や災害などの際に人間一人一人の生存に対する安全が保障されること、そして個々の人間が自由と生存を保障される中で、人間の尊厳を保つことができるような社会の実現が我々人類にとって最も重要なことであることを再確認することだと思います。
ただいま紹介しました人間の安全保障という考え方が最初に使われたのは、UNDP(国連開発計画)の1994年の「人間開発報告書」(Human Development Report)においてでありました。人間の安全保障という考え方が出てきてから、既に17年経っています。その間、日本は1998年に当時の小渕恵三総理が日本外交とODA政策の重要な柱としてこの考え方を採用して以来、一貫して「人間の安全保障」の考え方の普及と実践に務めてきました。また、国連において「人間の安全保障」基金を立ち上げ、様々なプロジェクトを支援してきました。
人間の安全保障、すなわちヒューマン・セキュリティーは 、「セキュリティー」という以上、脅威の存在を前提とします。脅威があるからセキュリティーたり得るのです。我々が生きている現代社会は、貧困や感染症、災害等個人レベルの脅威が急激に増えています。インド洋や日本の東北地方で津波が発生した際には、あまりに多くの個人が犠牲になりました。さらに、ボトムビリオン(1日1ドル以下で生活をしている人々)が世界に10億人もいるという問題もあります。これは外国だけの問題ではなくて、日本でもいま、格差という問題に注目が集まっています。そして食の安全、すなわちフード・セキュリティーの問題も大きな話題を集めています。これらが個人に与える影響もさることながら、外交や内政に与える影響も考慮しなければなりません。その上で、個人レベル、人間の一人一人のレベルでの安全の問題に答えなくてはならないというのが、人間の安全保障の根幹ではないかと思います。そういうトップダウンではなくボトムアップのセキュリティーとして安全と安心を提供していくということが、人間の安全保障の要請であると考えます。
日本が人間の安全保障を追求してきた背景としては、97年にアジアで起きた経済危機がありました。急激な発展を遂げてきたアジア諸国で一連の経済危機が起き、東南アジア諸国、韓国、中国等を巻き込み、大危機が一挙に発生したのです。このように97年の経済的な危機を経験し、突如発生する 危機が、人々の生活と安寧、そして人間の生にとってかけがえのない中枢部分にきわめて大きな影響を及ぼすという経験を下に、日本は、人間の安全保障の考えを打ち出していくことになりました。つまりグローバル化の影の部分を どのように手当てし、対処していくかという問題意識がそこにはあったのです。
しかし、日本の唱えている人間の安全保障は、貧困や飢餓のような「欠乏からの自由」(freedom from want)だけに限らず、迫害や人権侵害のような「恐怖からの自由」(freedom from fear)に対しても 対応しています。人間の安全保障 は包括的な、広い 安全保障の概念であるということができます。
日本型の人間の安全保障というのは、決して他国を 強制はしないものです。人間の安全保障を提供するときに、まずは当該国の同意を求める、そして、その同意に基づいて、日本として、あるいは国際社会として提供できる、ソフトな(非軍事的な)支援の措置を適用しようという姿勢を取っています。問題はそのような人間の安全保障の中に「人道的介入」(humanitarian intervention)が 含まれ るのかどうかということです。人道的介入とは、大量虐殺等の非人道的な緊急事態に、場合によっては武力で阻止 する、軍事的な強制力をもって介入するということです。つい先日行われ、現在も続いている英、仏を中心とするNATO諸国によるリビアへの飛行禁止区域(no-fly zone)の設定等の介入措置がそれに当たります。これはまた、別名「保護する責任」(Responsibility to Protect:R2P)とも言われ、国家が国民を人道的に保護できない又はしようとしない場合に、他国は他に手段がない場合は武力による介入を行うことができるという考えです。その点、日本は、軍事的・武力的介入を人間の安全保障の概念では捉えていません。日本型の人間の安全保障の概念の中には人道的介入の部分は入っていないと言うことです。2005年に国連の首脳会議が開かれた際に、人間の安全保障と保護する責任との関係についてある種の整理がついたと思います。つまり、首脳会議の結論文書において、人間の安全保障の段落と保護する責任の段落を2つに分けて、別の箇所に書くということで整理がつけられたのです。そこでは、人間の安全保障についての説明が次のように行われています。「我々は、人々が自由にかつ、尊厳をもって、貧困と絶望から解き放たれて生きる権利を強調する。我々は、全ての個人、特に脆弱な人々が全ての権利を享受 し、人間としての潜在能力を十分に発展させるために平等な機会を持ち、恐怖からの自由と欠乏からの自由を得る権利を有していることを認識する。このため、我々は、総会において人間の安全保障の概念について討議し、定義付けを行うことにコミットする。」このような重要な文書の中で、人間の安全保障について言及がなされ、それについて今後議論や定義を行っていくことに関与すると明記された意義は 非常に大きいと考えます。2005年の国連サミットの結論文書中に 盛り込まれた のは、おそらく人間の安全保障の歴史において初めての成果ではなかったかと思っています。
ただ、問題は、この人間の安全保障の概念について、定義をすることが物事を前に進めることになるかどうかということです。192の国連加盟国が集まって定義を侃侃諤諤議論すれば、収拾が付かなくなることは目に見えています。したがって、日本としては、この定義の問題はひとまず置いておき、現実的な観点から、人間の安全保障がどのように国際社会において実践されているのか、これからどうすべきか等を議論した方が建設的ではないか、具体的なプロジェクトをどう形成し、人々の安心と安全をどのようにして高めていくのか、そのために国連システムがどのような役割を果たさなくてはならないのかに焦点を当てて議論した方が良いのではないかと考えています。
日本としては、人間の安全保障を国際的に主流化する必要があると共に、自ら外交政策やODAの中で実践していくべきであると考えています。実際、日本政府としては、ODA大綱の中で人間の安全保障を重要な柱として位置づけて今日まで行ってきました。
1997年には、日本政府が中心となり、国連において人間の安全保障基金を立ち上げました。日本は、1999年から毎年拠出して、これまでで総額402億円(約3億6000万ドル)にも上る資金援助を行っています。それに基づき、人間の安全保障基金では、現在206のプロジェクトが121の国で実施されております。
人間の安全保障の具体的な協力のターゲットとして、ミレニアム開発目標(MDGs)、平和構築(Peace Building)、移民 問題、環境 問題、気候変動 、災害、ジェンダー、人身取引、組織犯罪、児童保護 などの問題にまず取り組んでいこうという議論が行われています。このような具体的なところから始めていかないと意味のある行動に結びつかないからです。さらに、人間の安全保障に関するウェブサイト、あるいは人間の安全保障の指標をつくろうという動きも出てきています。加えて、人間の安全保障に対して 慎重な国に対する働きかけも積極的に行っていこうという議論もなされています。
これまで日本が主として途上国へのODAや外交において実践してきた人間の安全保障という考え方を今や日本自身を含む先進国にも適用しなければならないことが、今回の東日本大震災によって一層明確になってきました。自然災害や事故は先進国、途上国を問わず起こり、一旦起こってしまうと、科学技術も無防備なもので、人間の生活と尊厳が否応なしに傷つけられます。前にも触れましたが、家や家族を失い、生活も失ってしまった極限状況の中で、日本人の多くは極めて辛抱強く、かつ規律正しく行動しています。そのような極限 の状況にあっても人間の尊厳と明日の生活への希望を失わない態度は人間の安全保障を全うする上でもっとも必要なことです。そして、1995年の阪神大震災の時もそうでしたが、今回も「人を救うのは人」という単純な原理の再確認が 行われました 。日本国内からも、また、世界各国からも人道的な支援や救援 チーム の派遣、義援金の拠出が行われ、ボランティアも大活躍しています。自然災害は人間の安全保障に直結する問題であって、最も脆 弱な人が保護され、生存能力が強化されることが必要です。
日本には、「情けは人の為ならず」という言葉がありますが、長い日本のODAや人間の安全保障の実践を通じて、今回ほどそのことを実感したことはありません。紛争が収拾していないアフガニスタンのカンダハール市から、日本に復興でお世話になったとして5万ドルの支援がありました。また、クウェートからは湾岸危機の時に日本から多額の支援を得たとして、石油500万バレルの無償提供が行われました。まさに「情けは人の為ならず」ですが、日本は今後ともこの「情けは人の為ならず」の精神と「人を救うのは人」という人間の安全保障の考え方で国際社会において名誉ある地位を占めたいと希望しています。
欠乏からの自由(freedom from want)と恐怖からの自由(freedom from fear)の双方からの自由を人間個人のレベルで達成し、個人がより大きな自由の中で(in larger freedom)人間としての能力と 権利を最大限発揮できる社会こそ、日本の目指す理想の社会です。そこでは経済成長(開発)と人権、そして平和の問題が有機的に関連し合い、個人の尊厳が完全に保障されている社会ですが、今こそ世界は人間の安全保障の考え方を実践し、そのような社会の到来を可能に すべきであると考えます。「今こそ人間の安全保障を」(”Human Security Now”)、これが今回の東日本大震災と原発事故の残した教訓であると考えます。
ご静聴有り難うございました。
