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神余駐独日本国大使講演 「核のない世界を実現するための日本とドイツの協力」
―ベルリン・ヒロシマ通り6番地で考えたこと―

(2009年10月30日、於ボン・ドイツ国立歴史博物館、ボン独日協会主催講演会)


 在ドイツ日本大使館はベルリン中心部のティアガルテン公園に近いヒロシマ通り6番地にある。戦前の日独伊三国軍事同盟以前のころからグラフ・シュペー通りを挟んでイタリア大使館と隣り合って威容を誇っている。この通りがヒロシマ通りと改名されたのはベルリンの壁崩壊の翌年1990年9月1日で、ティアガルテン区議会の決定による。この改名には平和市民グループの代表であったハインツ・シュミット氏やH・ポラートSPD議員団長らの尽力があったらしい。その翌年には隣接する運河にかかるグラフ・シュペー橋もヒロシマ橋に改名されている。

 改名の背景としては、1945年5月7日にドイツが無条件降伏していなければ、最初の原爆がベルリンに使用されていたかもしれないということによる広島への連帯感といわれている。そしてグラフ・シュペー通りが選ばれた理由は、近くに現在の日本大使館(当時は日独センター)があったこととナチの時代の軍の高官の名前にちなんだ通りを改名しようとの気運があったからといわれている(水島朝穂著『ベルリン・ヒロシマ通り』を参考)。

  昨年10月末から駐独日本大使としてヒロシマ通りの日本大使館で執務をしている身にとって、この改名はまことに栄誉のあるものである。また、核の廃絶を願う多くのベルリン市民、ドイツ国民並びに世界市民にとっても同様であろうと思う。そして折から米国のオバマ大統領の登場により、「核のない世界」に向けて世界が大きな一歩を踏み出そうとしていることに深い感慨を抱かざるを得ない。

  広島とベルリンは運命的なつながりがある。それに加えて、1945年7月17日から8月2日までベルリン郊外のポツダムで開かれた米、英、ソ連三カ国によるポツダム会議の際にアメリカのトルーマン大統領によって7月26日に日本の無条件降伏を求めるポツダム宣言(これは米、英、中国の声明)が発表されたことがある。

  周知のとおり、日本政府は当初この宣言に反応せず、黙殺したのであるが、8月6日に広島に、同9日には長崎に原爆が投下された。日本政府がポツダム宣言を受諾したのは敗戦1日前の8月14日であった。このポツダムと広島・長崎を結ぶ歴史の糸は運命的なものであり、今日核のない世界を目指し外交を展開していく上で、ポツダムの果たした歴史的な役割に思いをいたさざるを得ない。

  日本の降伏を求めるポツダム宣言がポツダム会談の最中になされたこと、ポツダム会議終了の4日後に広島への原爆投下が行われたこと、これらのことは日独の政府と国民がこれまで以上に核兵器の廃絶に向けて力を合わせることの自然な理由を提供してくれている。そして、日本大使館は現在ベルリンの市民のお陰でヒロシマ通りとなった場所に存在している。

  日本とドイツは、戦後の国際社会において世界第2位、第3位の経済大国、核を持たない先進国として世界経済の発展と平和の実現に貢献してきた。軍事に多くを依存しない主要国として、世界各地で発生している紛争や貧困の克服、難民、テロ、感染症、気候変動、食糧、水問題といったグローバルな課題に対し、人間の安全保障の観点からどの国にもひけを取らない貢献を行ってきている。現在は、海賊の問題についても他国と協力し、ソマリア沖に海軍艦艇を派遣して対応している。

  この日独が共に目指してきた「国のあり方」は、軍事が突出することなく、自国の憲法/基本法の枠内で他国と協力して平和と繁栄を追求するという協調モデルの実践であった。日独両国の歩んできた路線は、これから幕が上がろうとしている21世紀の多極化社会においても十分に通用する、先駆的な国家のあり方であり、日独両国とその国民はそのことに自負を抱いて当然である。では、この非核・経済大国である日独両国は、核のない政界の実現に向けてどのように手を携えて協力すべきであろうか。

  人類の生存を脅かす大量破壊兵器たる核兵器は、今日、NPT(核不拡散) 条約上の核兵器国を超えてNPT未加盟の途上国地域に拡散している。冷戦時と比べて核兵器使用の敷居が低下しており、テロリスト等によるものも含め、核兵器が使用される危険性が増大している。この点で最も心配されるのは、アフガニスタンに隣接するパキスタンの部族地域(tribal areas)であり、パキスタン軍とタリバンの武力紛争が繰り返されている。

  核兵器の開発ということで、特に懸念されるのは北朝鮮とイランである。米国のオバマ大統領がチェコで核なき世界に向けての演説を行ったその日(4月5日)に日本上空を越えて発射された北朝鮮のテポドン・ミサイルは、日本及び地域の安全保障に重大な影響を及ぼすものであり容認することはできない。北朝鮮は六者協議に戻り、理性的に核の問題を解決し、孤立から脱却すべきである。イランについても、対話を通じて核の問題を解決すべきであり、オバマ大統領の呼びかけにイランが応じてEU3+3+イランの対話が実を結ぶことを期待する。北朝鮮とイランの問題は世界全体の安全保障に影響を与える問題である。この意味で、六者協議のメンバーである日本とEU3+3のメンバーであるドイツの果たす役割は極めて重要である。

  核不拡散への対応と核軍縮はコインの表裏の関係にあるものであり、不拡散と核の使用を抑止するためには、既存の核兵器国がNPT条約上の核軍縮交渉の義務を果たす必要がある。日独などの非核兵器国はそのような核兵器国の義務の誠実な履行と引き換えに核のオプションを放棄したのである。4月5日にオバマ大統領がプラハにおいて「核のない世界を求めて」と題する核軍縮スピーチを行ったことに、日本もドイツもともに強い支持を表明している。特に日本にとって印象的であったのは米国の大統領として初めて「核兵器を使用した国として核のない世界の実現のために行動する道徳的な義務を有している」と表明したことである。これを単なる理想主義と片付けてしまってはいけない。われわれには米国および他の核兵器国がこのオバマ大統領の高邁な理想を実現することに協力する責務がある。

  4月2日のG20ロンドン首脳会議に先立ち、米露首脳がSTART-Ⅰの後継交渉を開始することに合意したことは重要な一歩であった。そして約束どおり7月7日の米ロ首脳会談において、戦略兵器削減条約(STARTⅠ)の後継条約を年内締結し、核弾頭の上限を1500-1675、運搬手段を500-1100まで削減することで合意した。長い間忘れられていたNPT条約の義務である核軍縮の幕が改めて切って落とされたことの意味は大きい。また、将来的には他の核兵器国をも包摂したマルチの核軍縮交渉につながることを期待する。

  地球上で核が使用されることが二度とあってはならず、その点での核兵器国の責任と我々非核兵器国の協力には重いものがある。日本と豪州政府により設置された国際委員会は、核軍縮と不拡散のあり方につき議論を行っており、日、独からも専門家が参加している。同委員会は、10月18日から20日まで広島において最後の第4回会合を開催した。遅くとも来年1月に報告書を発表する予定である。Gareth Evans(元豪州外務大臣)および川口順子(元日本外務大臣)の両共同議長によれば、2012年までに核兵器の唯一の目的を核兵器使用の抑止に限定すること、消極的安全保障(negative security: 核兵器国が非核兵器国に対して核兵器を使用しないことを約束すること)そして遅くとも2025年までにすべての核兵器保有国が核の先制不使用(no first use )を宣言すること、核兵器を大幅に削減すること(報道によれば現在の2万発以上から2000発以下にする)などを提唱する模様である。

  同委員会の報告がこのような世界的潮流を決定付けるものとなることを期待する。また、2010年5月のNPT運用検討会議の成功に向けて、日独は協力を強化し、他のNPT加盟国に対しても同様の協力を要請すべきである。日独を始めとする責任ある非核兵器国の存在は「核のない世界」に向けてのモデルであり、我々は将来に向けてこの名誉ある地位を貫徹していく必要がある。

  日本政府は、本年4月下旬の中曽根外務大臣(当時)の演説において「世界的核軍縮のための11の指標」を提唱している。すべての核保有国による核軍縮措置の実施、包括的各実験禁止条約(CTBT)の批准など国際社会全体による多国間措置、原子力の平和利用を志す国のための措置などがその内容である。そして2010年の早い時期に日本で核軍縮のための国際会議を開催することとしている。オバマ大統領も米国は2010年4月に世界のすべての脆弱な核物質を安全にするための会合を開催すると提案している。また、ドイツのシュタインマイヤー外相(当時)も核燃料の国際管理に関する聖域(サンクチュアリー)構想やドイツ国内の戦術核の撤廃などを提唱しており、ドイツの核軍縮と不拡散に向けての外交も活発なものがある。そして、CDU/CSUとFDPの新連立政権も、連立協定(Koalitionsvertrag)において戦術核の撤去を求めることなどを謳っている。

  核不拡散の関連で国際原子力機関(IAEA)の果たす役割は一層重要になっている。7月3日の次期事務局長選において日本の天野之弥大使が選出されたことは画期的なことである。唯一の被爆国からの事務局長であり、アジアから初の事務局長である。天野氏の責任と役割は重い。核の問題を含めた世界の安全保障については、各国の協力と政府・民間(シビル・ソサイエティー)の間の協働が益々重要である。そのようなネットワーク化された安全保障を実現するために、日独は共に手を携えて行動すべきである。

  また、核兵器を含む軍縮を推進していく上で、重要な国連の役割を忘れてはならない。日本は1994年以来毎年、国連総会に核軍縮決議案を提出しており、これが圧倒的な多数で採択されてきている。昨年は賛成173、反対4(米国、インド、北朝鮮、イスラエル)、棄権6(中国、イラン、キューバ、パキスタン、ブータン、ミャンマー)で採択された。今年は、共同提案国に初めて米国が加わって、現在総会第一委員会で審議中である。米国が共同提案国になったことは画期的なことであり、180度の転換である。勿論ドイツは毎年共同提案国となって日本に協力してくれている。

  さらに特筆すべきは、安保理の役割である。安保理は国連憲章26条に基づいて軍縮の計画を作成する任務を有しているが、この権限をいまだかつて行使したことがなかった。ところが、米国が安保理議長を務める本年9月24日にオバマ大統領の提唱で安保理首脳会議が開かれ、史上初めて核軍縮と不拡散に関する安保理決議1887が全会一致で採択された。5核兵器国を含む安保理全メンバーの法的な拘束力を持つ核兵器削減のための決定が行われたことは画期的なことであり、日本も非常任理事国としてこの決議の作成に参加できたことは有意義であった。

  日本とドイツは安保理改革のために手を携えて協力してきている。非核兵器国である日独が常任理事国となり、安保理において核軍縮を含む世界の平和と安全保障の問題に恒常的に取り組むことは極めて重要であり、安保理改革はまさにそのような目的のために今後も推進しなければならない。

  オバマ大統領への今年のノーベル平和賞授与の発表は世界から驚きをもって受け止められた。まだ、早いのではないかとの意見もみられたが、その受賞理由の主たるものは、核なき世界を目指すとしたプラハ演説であり、その後の戦略兵器の削減に関するモスクワ合意そして国連安保理での決議採択等演説の中身を一歩ずつ実行に移していることが評価されたものと思われる。

  オバマ演説は、確かに理想論である。実現は決して容易ではない。幻想を抱いてはならないことはオバマ自身が良く分かっている。しかし、オバマ大統領は安保理首脳会合において、レーガン大統領を引用して「核戦争で勝利を収めることは可能ではなく、核戦争は決して起きてはならない。障害物がいかに大きくても地球上から核兵器が追放される日が来るまで、決してこの努力を止めてはならない」(A nuclear war cannot be won and must never be fought. And no matter how great the obstacles may seem, we must never stop our efforts to reduce the weapons of war. We must never stop at all until we see the day when nuclear arms have been banished from the face of the Earth.)と訴えた。核兵器の削減を行い、中距離核戦力(INF)を廃絶し、その後の冷戦の終焉とベルリンの壁の崩壊をもたらしたのはレーガン大統領とゴルバチョフソ連大統領であった。軍縮は世界を変えるのである。

  日本もドイツも新しい政権を迎えた。日本の総理大臣も外務大臣も核のない世界を目指して米国とともにリーダーシップをとろうとしている。岡田外務大臣は核の先制不使用について米国と議論を始めようと問題提起している。そして、人類はいまこそ、広島と長崎の訴えてきた核廃絶を強力に推進すべき時なのである。ドイツの新連立政権も外交の柱の一つに核なき世界の実現を掲げている。残された時間は多くない、いまこそ行動が必要である。

  オバマ大大統領がプラハ演説を行った背景には、キシンジャー、シュルツ、ナン、ペリーなどの4人の著名人が2年前に世界に向けて核兵器の削減を訴えたことが存在している。そして、ドイツにも同じ目的で今年の初めにFAZ紙において世論に訴えた4人の政治家がいる。リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー、ヘルムート・シシュミット、ハンス=ディートリッヒ・ゲンシャー、エゴン・バールである。そのうちの一人のバール氏が広島への64回目の原爆投下記念の前夜、本年8月4日に日本大使公邸で開催された平和のためのコンサートで核廃絶の必要性を語ってくれた。その概要は8月17日付の南ドイツ新聞に掲載されている。ドイツの良心ともいうべきこれらの大政治家を有するドイツは、核廃絶を語るのみならず推進する力と大義を有している。

  唯一の被爆国である日本と冷戦の分断を乗り越えたドイツが今後協力すべき方途は次のとおりと考える。

  第1に、オバマ大統領が進める核のない世界の実現のために、世界並びにそれぞれの地域でリーダーシップを取って外交を進める。

  第2に、現実に起きている核拡散の危機、特に北朝鮮とイランの問題に全力を挙げて取り組み、非核化された両国を国際社会に統合する。

  第3に、来年5月のNPT運用検討会議を成功に導く。日独は今後とも核武装を行わず、非核兵器国として世界に模範を示す。

  第4に、核兵器が現実に廃棄されるまでは、核抑止力により戦争が抑止されることを担保する。

  第5に、テロリスト等が核兵器を入手、使用することがないようアフガニスタン、パキスタン等の不安定地域のガヴァナンスの強化のために協力する。

  第6に、国連やIAEA等の国際機関において核軍縮と不拡散のための協力を強化する。また、この面での安保理の機能を強化するためにも安保理改革を推進する。

  第7に、地球温暖化の防止のためにも安全に配慮して、原子力の平和利用を進める。

  第8に、日豪政府によって設置された国際委員会の来年初の提案の履行を日独共同で推進する。

  最後に今後の核軍縮のあり方について個人的な意見を述べたい。冷戦の時代において核兵器国間の核戦争を防ぐ戦略的な思想となってきたのは恐怖の均衡とも呼ばれてきた核抑止力の考え方であった。相互確証破壊(MAD:mutually assured destruction )が米ソの核戦略の根幹であった。しかし、冷戦は終わり核戦争の可能性は遠のいた、その反面、核の使用の危険性は減っていないどころかむしろ高まっている。国家でないテロ集団などによる核兵器の取得と使用の危険が存在することが原因である。また、独裁国家による核を政治的な道具として弄ぶ危険も無くなっていない。

  このような事態に対応する考えとして核兵器の抑止力を信用してよいのであろうか。冷静な計算のできる国家であればともかくそのような国家理性とは無縁の集団に抑止力を説いても核の使用を思いとどまらすことにはならないであろう。冷戦時代に核兵器の使用がなかったのは、抑止力信仰によるものではなく、核の使用は人間の生存と尊厳にとってのタブーであるという意識が世界的に醸成されてきたからではなかったかと思うのである。核兵器による殺戮以上に人権と人道に反するものはないという確信を世界が抱き続け、道徳的に核の使用を思いとどまらせる以上に効果的な方法はないのではないかと考える。核の使用はタブーであるとの考えを世界中に広めることにおいて、広島・長崎以上に相応しい場所はない。ベルンリンのヒロシマ通りはそのことを教えてくれている。来年が核軍縮の新たな幕開けとなることを祈って止まない。

(了)


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