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競争力アップ目指しシステム改革〜ドイツの科学技術政策


悩み多きドイツ

 ドイツの科学技術政策担当者は悩みが尽きない。大手企業の倒産が相次ぎ、10%を越える失業率がなおも増大の傾向にある中、科学技術には、国際競争力の強化と新たな経済基盤構築の核としての役割が強く期待されている。一方、科学技術を支える人材の確保は容易ではなく、優秀な研究者の米国等への流出とともに、世界の若手研究者を思うように集められないという問題を抱える。

 さらに、これに追い打ちをかけるかのごとく、PISAショックがドイツを襲った。2001年12月に公表されたOECD(経済協力開発機構)の「生徒の学習到達度調査(PISA)」で、ドイツは参加した32カ国中、読解力で21位、数学・自然科学領域で20位と低調な結果だった。将来を担う子供達の基礎学力の低下が大きくクローズアップされたのだ。

 それにしても、こう書いてくると、「経済活性化」、「人材の確保」、「基礎学力の低下」、何だか日本の話をしているような気になってくる。
 このような中、研究教育相として2期目に入ったブルマーン大臣は、先頃、今次政権期間の政策要綱を発表した。教育と研究への投資を未来への投資と位置づけ、人材育成、教育・研究システムの改革、競争力の強化を訴えている。これら目標達成に向けた具体的施策を通じ、ブルマーン大臣はその真価を問われることになる。


注目される大学の改革

 PISAショックほどではないが、昨年、ドイツ政府関係者にとって悩ましいデータが公表された。欧州委員会は、欧州域内の研究者が欧州域内の他国で研究をする場合に奨学金を出す、「マリー・キュリー・フェローシップ」というプログラムを持っているが、1999年から2001年の間、このプログラムを通じてドイツを研究実施場所とした研究者は全体の僅か10%に留まった。これは、ドイツに比べ研究施設数、研究者数で大きく下回るオランダとほぼ同じパーセンテージであり、ドイツの不人気を如実に示すものとなった。この結果に関し、多くの政府関係者は、ドイツ語の難しさと、特に大学における官僚的システムを原因に揚げた。

 このような不人気に対処し、外国人研究者や海外に出ていったドイツ人研究者をドイツに引きつけるべく、政府は様々な施策を講じている。主な施策として、「未来に向けた大学イニシアティブ」等を通じた大学の研究環境の高度化と国際化、若手研究者向けグラントの拡充、大学及び公的研究機関等を結んだ研究拠点の整備等が挙げられるが、何といっても、基礎研究の主要プレーヤーである大学の改革が注目される。

 ドイツの大学は、その独特なシステムのため、一般に学位取得や教授昇任時の平均年齢が高く、若手研究者の海外流出を招いていると指摘されてきた。また、年功序列で画一的な処遇が、教育・研究活動の停滞をもたらしているという意見もあった。

 このため、連邦政府は法改正に乗り出し、2001年12月には、教授給与に業績給を導入する高等教育教員給与改正法案及び、若手研究者のためのポストとして新たに「準教授(ジュニア・プロフェッサー)」職を導入する高等教育大綱法第5次改正案が可決した。これらは、2002年2月に施行となり、現在、各州において新たなシステムが徐々に導入されつつある。政府の目論見通り改革が進めば、大学が研究人材の育成・確保の核として、その魅力を大きく高めることになるはずだ。


イノベーション創出で競争力を強化

 ドイツの科学技術政策の基本理念は、伝統的に基礎研究重視にあるが、反面、応用、開発の面で他先進国に後れをとり、国際的な経済競争力が下がったとの指摘がある。政府は、競争力強化に向けたイノベーション創出のため、応用研究の強化、産学官連携の強化、新たなベンチャー育成策の展開を図るとともに、基礎研究も分野重点化の方向にある。

 応用研究で中核的役割を担うフラウンホーファー協会は、産官連携を体現したような機関だ。前会長のヴァルネッケ教授は、「フラウンホーファーは中小企業の中央研究所だ」と言っていた。その研究テーマの多くは、ドイツ国内企業から委託されたものであり、まさに産業に直結する研究を行っている。また、産業に直結しているといっても、その研究は大学等の強力な基礎研究を前提としたものであるため、大学との結びつきも強い。日本では、基礎研究中心のマックスプランク協会が有名だが、産学官連携の強化が叫ばれる今、フラウンホーファー協会にももっと目を向けるべきではなかろうか。

 一方、ここ数年のドイツのベンチャー育成策には目を見張るものがある。政府は、バイオクラスター構築のための「ビオレギオ」、大学からの起業を誘導する「エグジスト」、旧東独地域における起業促進クラスター構築のための「イノレギオ」という3つの施策を立て続けに開始した。

 これらは、いずれも地域間の競争により特定地域を選び、選ばれた地域に集中的なサポートを行うというものである。政府によれば、エグジストを通じた大学からの起業数は、この4年間で430以上、その他施策を通じた公的研究機関からの起業数はここ数年年間150以上とのことである。


おわりに

 日本と似たような悩みを抱えるドイツは、その施策の方向性も日本に良く似ている。ドイツでの滞在期間が長くなるにつれ、日独双方がお互いの具体的施策から学ぶことはとても多いという感を強くしている今日この頃である。

(2003年1月 大使館・井上諭一)


*この文章は、「S&Tジャーナル 2003年4月号」に掲載されたものを転載したものです。