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21.7.2003

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研究者修行はドイツで


 僕は、行政官という仕事を続ける中で、常に研究者を取り巻く環境「研究環境」に興味を持ち続けてきた。最近でこそ、野依教授や白川教授のノーベル賞受賞で活気づいた感もあるが、日本の研究者には、オリジナリティに欠けるだとか創造性に乏しいといった評価が付きまとってきた。このことは、日本人が根元的に持つ性質に由来するところもあろうが、研究環境の改善により克服できることも多いと考えている。そんなわけで、今も仕事で研究室を訪問する機会があれば、興味津々の眼でその様子を観察している。

 ドイツの研究室で日本との違いを感じるのは、研究者の振る舞いだ。何といっても、自分の研究については「オレが一番だっ!」という自信に満ちた態度をとる。そしてこちらに自己アピールしてくる。そこには、コイツから何かおいしい話は得られないかと窺う貪欲さも潜んでいる。このような「自信」と「自己主張」、そして「貪欲さ」は、世界を舞台に仕事をする研究者にとって必要かつ重要な道具だと思う。ドイツ人は西欧人の中でも自己主張が強く、老若男女いつでも何か主張している。元々慎ましやかな日本人研究者には、ドイツは絶好の「修行」の場かもしれない。

 ところで、ドイツの研究環境はどこかで聞いたような問題点を抱えている。それは、官僚的な人事システムと進まない国際化だ。ドイツの研究者は、博士号取得後、ドイツ特有の教授資格取得試験「ハビリタチオン」を受けるための修養期間に入るが、これを修了する頃にはもう40代になっている。この間、特定の教授の下で研鑽を積み、晴れて「地質学」のハビリタチオンを取得できたとしても、この資格は地質学以外の学部には認められない。また、ハビリタチオンを取得しても、どこかに教授職の空きがなければ教授になれない。
 このため、ドイツでは若い時期に独立して研究を行う機会が著しく少ないと同時に、異分野間の人的モビリティが低い。連邦政府のブルマーン教育研究大臣は、この解決のためハビリタチオンを2010年までに廃止し、ジュニア・プロフェッサー職を新設する法改正を断行した。今年、最初のジュニア・プロフェッサーが誕生するが、ドイツの研究環境にどのようなインパクトを与えるのか興味深い。

 国際化の問題は、学位取得や教授就任の年齢が遅いドイツ独特のシステムが他国のシステムとずれていることに起因するが、ドイツ語という言語の難しさによるところも大きい。研究室の中はともかく、日常生活を送るに当たってドイツ語は不可欠だ。僕も住んでみてわかったが、思ったより英語が通じない。この状況は、旧東独地域では一層深刻化するそうだ。このようなこともあり、ドイツは研究実施場所として他国の研究者から敬遠される傾向にある。十分な施設と高い研究水準があり、生活面でも物価が安く安全な環境と美味しいビール!があるのに、まったくもったいないことだと思うのだが。

 国際化といえば、最近日本の若手研究者が海外に行きたがらないのだそうだ。最初はわが耳を疑ったが、国内の研究費が増えている状況を考えれば、敢えてストレスの多い海外へ行く気がしないのかもしれない。しかし、国際化が著しい研究者の世界に身を置こうと思うのなら、海外の研究者のスタイルを見聞するだけでも意義がある。若手といわれる時期にどんどん外に出ていって、もまれてもらいたい。

 この点、ドイツ人は心配いらない。大人になったら自立することを身体で覚えている彼らは、指図されなくてもどこからかファンドを見つけてきて勝手にいなくなってしまう。いま、ドイツの小学校でもまれている僕の息子と娘も、大人になったら勝手にどっかへ行ってしまうのかな?

(2002年8月 大使館・井上諭一)



マックスプランク分子遺伝学研究所で修行中の寺岡佳夏さん(右)とともに。

*この文章は、日経サイエンス2002年10月号に掲載されたものを転載したものです。

*この文章をお読みになった外林秀人先生(元マックスプランク・フリッツハーバー研究所上級研究員、ベルリン工科大学教授)から、ハビリタチオン取得年齢は人によって差があり、30代前半で取得する人も多いとのご指摘を受けました。

*アーヘン工科大教授の奥田純先生(無機・分析化学)とお話しさせていただいた際、ハビリタチオンを取得し教授になる年齢は、理工系では随分早いはず。少なくとも化学系では33、4歳でハビリタチオンを取得し、40才までには教授になってしまっているとのお話しがありました。